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2011年1月

2011年1月28日 (金)

経済学者vs弁護士の雇用規制緩和に関する議論に絡んでみた(その3)

雇用規制緩和に関する議論のその3です。
日本大学の安藤さんから私の「経済学者vs弁護士の雇用規制緩和に関する議論に絡んでみた(その2)」にまたまた丁寧なご回答をいただきました。安藤さん、ありがとうございました。

澤井さんへの返信(その2)

内容的にはこれまでのご主張を確認するのが中心ですが、僕なりの理解としては、これまで「慣行」だった雇用ルールを明確化することで、各プレイヤーの共有予想を変革していこうという趣旨と理解しました。

安藤さんがこの記事の4.で述べているように、日本的雇用慣行、特に長期雇用と年功賃金は、将来にわたる企業の利潤を前提にしています。つまり、経済がいつまでも成長し続けるという予期が共有されていた高度成長期に、主に大企業で発達したものです。「中小企業にまで強制しようとして失敗した」(安藤さん)というより、安藤さんとの共同ブログで野川さんが「「正社員」という法的地位はない (野川)」で述べているように、単にルール作りをペンディングしてきただけなのかもしれません。

「第一に、正社員という法的地位はありません。・・・法令上は、正社員と非正規従業員という区別をすることはないのです。たとえば、労基法は正社員だろうが有期雇用労働者だろうがパート労働者だろうが、もっと言えば学生のアルバイトにも適用されますし、労組法に至っては雇われていない人でも、一定の要件を満たせば適用されます。したがって、正社員に既得権があるとしたら、それには特別な法的根拠はないのであって、企業社会が作り上げた慣行に過ぎないのです。」(野川;太字は筆者)

ルールに不備があっても経済成長下であれば大きな問題にはならなかったし、ルールを明確化、厳密化することに誰もインセンティブを持たなかったということかもしれません。とはいえ大企業と中小企業では労働者の待遇格差が大きいことはよく知られた事実であり、ここらへん、中小企業の雇用実態の歴史を調べてみたくなりました。

そしてわが国は経済停滞期(成熟期)に入りましたので、もはや多くの大企業でも長期雇用や年功賃金は環境適合的とはいえません。制度変更が必要ですが、問題は上で野川さんも述べているように、日本的雇用慣行や正社員という概念も、法的に規定されたものではなく、関連するプレイヤーの間で成立している共有予想に基づく慣行だということです。

#ただし、「とくに期間の定めのない雇用契約は終身雇用を前提とみなす判例」(八代、2002[1997]、p.3)などからみて実質的にフォーマルな制度とみなすべきでしょう。

それは年功賃金や企業別組合やメインバンク制をはじめとした企業ガバナンスの制度と相互に補完的に結びついており、経済環境が変わったからといって雇用制度のみ変更すると他の制度との整合性がとれなくなりますのでなかなか変えられない。既存制度からレントを得ている当該プレイヤーは制度変更へのインセンティブもありません。

なのでルールの明確化と厳密運用といってもどこまで実効性があるのか、また安藤さんは丁寧に説明してくれているのだけど、説明だけで既存のルールからレントを得ているプレイヤーを説得できるとは思えない。

というのが前のブログの趣旨だったんだけど、

1.すでに中小企業ではだいぶ前から長期雇用の実態は薄い
2.雇用規制の緩和ではなくルールの明確化であり、各プレイヤーへの意識改革を促すもの

という安藤さんの趣旨は、全体制度を一気に変えるのは困難だが、一部の枢要な制度変更から漸進的、芋づる式に制度変更を目指すアプローチと理解しました。

ただやはり気になるのは労働組合や企業ガバナンスなど他の諸制度への目配せで、述べてきたようにルールの明確化によって意識を変えるといっても、中期雇用労働者の利益を代表して企業と対抗しうるプレイヤーの存在や、企業ガバナンスと企業モニタリングの制度にも手を回してルールがきちんと運用されることを担保しておかないと、特に労働者個人個人に意識変革の責を負わすのはあまりに荷が重いと考えています。

そこらへんについては追々ご検討・ご意見いただければと存じます。
ということでこの記事への返信は不要です。しばらく野川さんとの議論の展開を楽しみに拝見させていただき、また勉強させていただきたいと思います。

今後ともよろしくお願いいたします。


2011年1月26日 (水)

経済学者vs弁護士の雇用規制緩和に関する議論に絡んでみた(その2)

日本大学の安藤さんから僕のブログの記事丁寧なお返事をいただいたので、それへの返信です。専門家相手に冷や汗ものの議論ですw


安藤さん、丁寧なご返信ありがとうございました。以下、釈迦に説法感満載ですが汗、僕自身の頭を整理するために丁寧に書いているだけなので、冗長な点はご容赦のうえ間違いがありましたらご指摘ください汗

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まず、僕自身は雇用規制緩和の方向性については基本的に賛成ですし、安藤さんのおっしゃる制度設計も概ね納得できるものだと思っています。インセンティブの構造が重要というのも理解しているつもりです。

ただ、交通ルールの場合は全てのプレイヤーが平等で均質だし、フォーマルルールの影響力が大きいのに対し、雇用制度は多様なプレイヤーが多様な立場で関与しているし、フォーマル・インフォーマルな多様なルールが相互に絡み合っているので、人々のインセンティブの構造がかなり複雑です。

#もちろん、すべて承知の上で議論されていると思うので僭越感満載なのですが汗
#ちなみに僕のネタ元は下記です。
Masahiko Aoki「比較制度分析に向けて」NTT出版
青木雅彦・奥野正寛「経済システムの比較制度分析」東京大学出版会
岡崎哲二・奥野正寛編「現代日本経済システムの源流」日本経済新聞社 等

長期雇用は経営者と労働者(正規/非正規)といった思惑の異なるプレイヤーが関与しており、企業別組合やインサイダーに寛容な企業ガバナンス(メインバンク制等)、企業特殊的な人的資本形成といった様々な制度と相互補完的に成立しています。

なので、そうした諸制度を温存したまま、特に(長期雇用の正規社員の利益代表者が存在する一方で)中期雇用の非正規社員の利益代表者が不在のまま、中期雇用市場が本当に機能するのかどうか。

確かに、解の一つは公的な監視・処罰・調停機能の強化、つまりクレディブルな公的機関によるルールの明確化と厳格化ということになりますが、述べたように長期雇用自体が単に解雇規制のフォーマルルールだけで維持されているというより、従業員重視の企業ガバナンスや企業別労働組合による協調的な労使関係などによって実効化されている部分が大きいとすると、フォーマルルールの書き換えと制度の厳密な運用といってもどこまで実効的なのか、また人々に実効的であると信頼してもらえるかどうか。

もちろん、すでに中小企業では日本的雇用慣行が適用されず、雇用の流動性が高いという実態があるわけですが、僕はそうした中小企業の労働者の実態がどういったものであるのかが気になります。

身近の20代、30代の中小企業を渡り歩いている友人・知人の話を聞くと、身軽だなあと思う反面、給与水準は低いしどうも賃金は上がりそうにない。雇用も不安定にみえます。小さい会社、業界で人間関係をこじらせるとたいへんなことになる。今はいいけど将来家族が持てるのかと心配になってしまう。

また、小倉さんなど実務法曹の方がそうした日本的雇用慣行に守られない中小企業を渡り歩く労働者の実態を知ったうえで解雇規制緩和に反対されているとすると、それが針小棒大でないかどうか、きちんと検証する必要があるようにも思います。

ちなみに僕も「労働組合のない中小企業の従業員」ですが、労働組合の不在はやはり不安に感じています。

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その他にも、既存の長期雇用の正規社員で企業特殊的技能のみ専ら身につけた人材は、基本的に中期雇用市場には出てこないはずですが、不況で企業が大量倒産するなどして一定の量が労働市場に出てきたらどうなるのか。

あるいは、大企業でもガバナンスが株主重視にシフトしつつあり、組合の組織率が低下する中で、フォーマルルールが変更されても本当に長期雇用は維持できるのか。

あるいは、わが国より雇用規制の緩い諸外国ではどうなっているでしょうか。中期雇用契約が主流の国があったとして、そこには労働組合や行政や司法など、中期雇用労働者の利益代表や公的な実効化機関によるクレディブルな仕組みがあるのかもしれない。

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さらに雇用制度は、単なる労使の契約関係に留まらない、外部性の大きい制度です。特に、近代化の過程で農村から都市へ流出した若年労働者に対し、疑似共同体的な補完機能を果たしてきたのも企業でした。「企業スポーツ」もそうしたわが国の雇用慣行、企業の共同体性と相互補完的に発達してきた制度です(←これが僕の本業の研究テーマです)。

大企業で企業特殊的人的資本を形成し、社会関係資本が企業に集中している労働者にとって、解雇は経済機会の喪失に留まらない。あまりに失うものが大きい、もしくは大きいと人々に予期されています。

かような予期が共有されていると、解雇規制の緩和に対してナイーブな過剰反応が生じるのもやむを得ない気がします。交通ルールの例など、経済学者の議論がこうした社会的文脈をスルーしているようにみえると思わず反発したくなるというのはあるような気がします。もちろん必ずしもスルーしているわけではないのですが、そうした反応をナイーブと切り捨てるのではなく、どう手当てするかを考える必要があると思います。

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とはいえ、解雇規制が企業の利潤の最適化を妨げており、それが翻って労働者自身の不利益になる可能性を考えると、現行の制度のままでいいとはとても思えません。特に、20代前半の若者の側に当事者性を持つ身としてはなおさらです。諸制度が相互補完的にリジッドだからといって、手を付けないままではいつまでも制度は変わりません。

全体的な制度設計をごっそり変革するのはたいへんですが、枢要な一部の制度のマイナーな変更から漸進的に全体的制度設計の変化を促していくというアプローチは現実的だと思います。その際、解雇規制の緩和は、漸進的制度変更を促すための有効な一つの手段かもしれません。特に安藤さんの、既存の雇用契約に手を付けないといった慎重な制度変更は有効かもしれないとも考えます。

その際、上記のような雇用制度の諸制度との相互補完関係や外部性についてどうお考えになっているのか、興味があったのでお声をかけさせていただいた次第です。

実際には様々なシュミレーションと実証が必要かと思います。今後の研究の進展に期待しております。

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あ、あと小倉さんとの議論についてですが、ブログにも書いてるように、僕は安藤さんの議論へのアプローチを支持しています。安藤さんの表現も全く問題ないと思います。そんなこと言ったら問題ありまくりな方がツイッターには溢れているわけでw

#僕もそうかもしれませんがw

同時に、僕は小倉さんの議論のスタイルが問題だとも感じていません。彼の詭弁(詭弁だとして)にアイロニカルな哀愁すら感じていますw
まあ僕は完全に感覚がマヒしちゃってるのかもしれませんがw 

長文おつきあいいただきありがとうございました。

2011年1月23日 (日)

経済学者vs弁護士の雇用規制緩和に関する議論に絡んでみた

先日までツイッターで盛り上がっていた経済学者vs弁護士の雇用規制緩和に関する議論が興味深く、また最近投稿した企業スポーツに関する論文で経済学の「比較制度分析」について勉強していたので自分なりにつぶやいたのをまとめてみます。

議論の経緯についてはこちらです。

労働者保護,選択の自由と児童労働
労働者保護,選択の自由と児童労働(2)
労働者保護,選択の自由と児童労働(3)

McMaster大学経済学部助教授の山口先生のツイートに対してつぶやいたところ山口先生からリプライをいただいたので、ついでにと思い僭越ながら安藤先生や小倉先生にも@を飛ばしてつぶやいてみました。

特に日本大学の安藤先生はミクロ経済学、労働経済学の専門家でゲーム理論についてもお詳しいようなので完全に「釈迦に説法」なのですがw、僕の理解の未熟な部分をご指摘いただけるならありがたいと思っています。

トゥギャッターのまとめはこちら

@ks736877 明確化、厳格化すればルールは守られるのだろうか?終身雇用は解雇規制によって守られているのだろうか? RT @sy_mc: 中期雇用を認めるならどのような理由があろうとも使用者側から解雇することは出来ないということですね。ルールの明確化、厳格化はよく聞く論点 RT @ssk_ryo

@sy_mc(山口先生)
@sy_mc @ks736877 守るのが不可能なルールには意味が無いのはもちろんですが、ここで私が指摘したかったのは、ルールがなんなのか分からないという状態は、労使双方にとって有益ではないのでは、ということです。

@ks736877
山口先生ご返信ありがとうございます。仰る通りルールの明確化は重要な要件だと思いますが、僕は変更したルールの実効性とルールの移行可能性やプロセスが気になっております

@ks736877
長期雇用は規制ゆえではなく、年功賃金や企業別組合、インサイダー寛容な企業ガバナンスなど諸制度と整合的ゆえに成立しているのですよね

@ks736877
いずれにせよ長期雇用は環境不適合、持続不可能なので変えなければならないとして、他の制度との整合性に目配せしないと実効的でないしまたそれが予期されてしまうが故になかなか合意されないですよね

@ks736877
例えば安藤先生が仰るような中期雇用も、労働組合が正規雇用中心の企業別組合では小倉先生が突っ込んでいたようにうまく機能しないのではないでしょうか 

@ks736877
労働者にとってクレディブルな利害代表者や第三者機関が存在しないのに選択肢と流動性だけ高めても、労働者は選択できず逆に企業にいいように利用されてしまうだけかもしれません 

@ks736877
また企業のモラルハザードを防ぐうえでも企業ガバナンスがインサイダーに寛容なままではモニタリングや評判の機能がうまく働かないかもしれない

@ks736877
今言ったようなことって、そういうふうに予期されること自体が制度移行を難しくするように“予期”してしまうのですが・・

@ks736877
また日本的雇用慣行が実効的なのは協調的で疑似共同体的な労使関係によるところもありますよね。会社は空洞化した地域共同体の代替的な側面もある。雇用の多様化と流動化はそこを直撃します 

@ks736877
つまり経済的なセーフティネットだけではなく、会社に代わる社会交換ドメインの再構築が追いつかないとなかなか制度移行が進まない。こういうのは社会学者が言ってることだと思いますが 

@ks736877
ただ僕は解雇規制などの雇用制度の変更から全体的な制度設計の漸進的な変更を促す可能性は否定しません

@ks736877
組合の機能不全、インサイダー不寛容なガバナンス、労使関係の悪化、雇用の流動化などはすでに長期雇用の条件を満たせなくなりつつある中小企業で構造的に起こっているのかもしれません 

@ks736877
だとすると制度の明確化と厳格な運用はむしろ実態に法制度を合わせるだけのことかもしれない

@ks736877
でも労働者の利益代表や第三者機関がクレディブルでなく代替的な社会交換ドメインが確保されたわけでもないのにそうしたフォーマルルールの変更が本当に機能するのかどうか、疑問は残ります

@ks736877
連続ツイート失礼いたしました

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僕は制度経済学を社会学的な視点で見すぎているかもしれません。
ただ、池田先生などは小倉先生のことを「ソフィスト(詭弁家)」とおっしゃっていますが、上記のような観点から僕はそうは思いません。

日本的雇用慣行、特に長期雇用と年功賃金が成立する前提条件は将来に渡って企業収益が増加することです。経済成長期の日本であれば多くの企業が満たしていたかもしれませんが、低成長時代に入って多くの企業がこれを満たさなくなっています。特に中小企業では早い段階からムリがきているのだろうし、労使関係でさまざまな問題が生じているのではないかと推察します。企業を疑似共同体として自尊感情を依存してきた世代にとって、解雇は単に経済的な問題だけでなく、自意識に関わる深刻な意味を持つのではないかと想像します。

小倉先生が弁護士としてそうした「当事者性」をベースに議論しているのだとすれば、彼の経済学者への反論を必ずしも詭弁と片付けてしまうことはできないと思います。例えば、「XはYである。Xではない。故にYではない」という「前件否定の虚偽」も、「XとYがえてして同値になりがち」という「社会的実態」(当事者性)があるならば、必ずしも詭弁とは言い切れません。小倉先生はその「社会的実態」を議論のベースにしているわけですから。
Wiki「詭弁」参照)

経済学者からみれば、小倉先生を説得できないのと、社会制度が自分たちが思う方向に変革しないこととはパラレルな気がしますし、ふだん自分たちが主張している抽象的でマクロな経済政策の「実務法曹による検証の機会」とポジティブにとらえれば、議論が実りあるものになるのではと思います。

そういう意味で僕は、冷静にニュートラルなスタンスで小倉先生と議論されている安藤先生に好感を持ちます。


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