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2011年1月26日 (水)

経済学者vs弁護士の雇用規制緩和に関する議論に絡んでみた(その2)

日本大学の安藤さんから僕のブログの記事丁寧なお返事をいただいたので、それへの返信です。専門家相手に冷や汗ものの議論ですw


安藤さん、丁寧なご返信ありがとうございました。以下、釈迦に説法感満載ですが汗、僕自身の頭を整理するために丁寧に書いているだけなので、冗長な点はご容赦のうえ間違いがありましたらご指摘ください汗

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まず、僕自身は雇用規制緩和の方向性については基本的に賛成ですし、安藤さんのおっしゃる制度設計も概ね納得できるものだと思っています。インセンティブの構造が重要というのも理解しているつもりです。

ただ、交通ルールの場合は全てのプレイヤーが平等で均質だし、フォーマルルールの影響力が大きいのに対し、雇用制度は多様なプレイヤーが多様な立場で関与しているし、フォーマル・インフォーマルな多様なルールが相互に絡み合っているので、人々のインセンティブの構造がかなり複雑です。

#もちろん、すべて承知の上で議論されていると思うので僭越感満載なのですが汗
#ちなみに僕のネタ元は下記です。
Masahiko Aoki「比較制度分析に向けて」NTT出版
青木雅彦・奥野正寛「経済システムの比較制度分析」東京大学出版会
岡崎哲二・奥野正寛編「現代日本経済システムの源流」日本経済新聞社 等

長期雇用は経営者と労働者(正規/非正規)といった思惑の異なるプレイヤーが関与しており、企業別組合やインサイダーに寛容な企業ガバナンス(メインバンク制等)、企業特殊的な人的資本形成といった様々な制度と相互補完的に成立しています。

なので、そうした諸制度を温存したまま、特に(長期雇用の正規社員の利益代表者が存在する一方で)中期雇用の非正規社員の利益代表者が不在のまま、中期雇用市場が本当に機能するのかどうか。

確かに、解の一つは公的な監視・処罰・調停機能の強化、つまりクレディブルな公的機関によるルールの明確化と厳格化ということになりますが、述べたように長期雇用自体が単に解雇規制のフォーマルルールだけで維持されているというより、従業員重視の企業ガバナンスや企業別労働組合による協調的な労使関係などによって実効化されている部分が大きいとすると、フォーマルルールの書き換えと制度の厳密な運用といってもどこまで実効的なのか、また人々に実効的であると信頼してもらえるかどうか。

もちろん、すでに中小企業では日本的雇用慣行が適用されず、雇用の流動性が高いという実態があるわけですが、僕はそうした中小企業の労働者の実態がどういったものであるのかが気になります。

身近の20代、30代の中小企業を渡り歩いている友人・知人の話を聞くと、身軽だなあと思う反面、給与水準は低いしどうも賃金は上がりそうにない。雇用も不安定にみえます。小さい会社、業界で人間関係をこじらせるとたいへんなことになる。今はいいけど将来家族が持てるのかと心配になってしまう。

また、小倉さんなど実務法曹の方がそうした日本的雇用慣行に守られない中小企業を渡り歩く労働者の実態を知ったうえで解雇規制緩和に反対されているとすると、それが針小棒大でないかどうか、きちんと検証する必要があるようにも思います。

ちなみに僕も「労働組合のない中小企業の従業員」ですが、労働組合の不在はやはり不安に感じています。

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その他にも、既存の長期雇用の正規社員で企業特殊的技能のみ専ら身につけた人材は、基本的に中期雇用市場には出てこないはずですが、不況で企業が大量倒産するなどして一定の量が労働市場に出てきたらどうなるのか。

あるいは、大企業でもガバナンスが株主重視にシフトしつつあり、組合の組織率が低下する中で、フォーマルルールが変更されても本当に長期雇用は維持できるのか。

あるいは、わが国より雇用規制の緩い諸外国ではどうなっているでしょうか。中期雇用契約が主流の国があったとして、そこには労働組合や行政や司法など、中期雇用労働者の利益代表や公的な実効化機関によるクレディブルな仕組みがあるのかもしれない。

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さらに雇用制度は、単なる労使の契約関係に留まらない、外部性の大きい制度です。特に、近代化の過程で農村から都市へ流出した若年労働者に対し、疑似共同体的な補完機能を果たしてきたのも企業でした。「企業スポーツ」もそうしたわが国の雇用慣行、企業の共同体性と相互補完的に発達してきた制度です(←これが僕の本業の研究テーマです)。

大企業で企業特殊的人的資本を形成し、社会関係資本が企業に集中している労働者にとって、解雇は経済機会の喪失に留まらない。あまりに失うものが大きい、もしくは大きいと人々に予期されています。

かような予期が共有されていると、解雇規制の緩和に対してナイーブな過剰反応が生じるのもやむを得ない気がします。交通ルールの例など、経済学者の議論がこうした社会的文脈をスルーしているようにみえると思わず反発したくなるというのはあるような気がします。もちろん必ずしもスルーしているわけではないのですが、そうした反応をナイーブと切り捨てるのではなく、どう手当てするかを考える必要があると思います。

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とはいえ、解雇規制が企業の利潤の最適化を妨げており、それが翻って労働者自身の不利益になる可能性を考えると、現行の制度のままでいいとはとても思えません。特に、20代前半の若者の側に当事者性を持つ身としてはなおさらです。諸制度が相互補完的にリジッドだからといって、手を付けないままではいつまでも制度は変わりません。

全体的な制度設計をごっそり変革するのはたいへんですが、枢要な一部の制度のマイナーな変更から漸進的に全体的制度設計の変化を促していくというアプローチは現実的だと思います。その際、解雇規制の緩和は、漸進的制度変更を促すための有効な一つの手段かもしれません。特に安藤さんの、既存の雇用契約に手を付けないといった慎重な制度変更は有効かもしれないとも考えます。

その際、上記のような雇用制度の諸制度との相互補完関係や外部性についてどうお考えになっているのか、興味があったのでお声をかけさせていただいた次第です。

実際には様々なシュミレーションと実証が必要かと思います。今後の研究の進展に期待しております。

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あ、あと小倉さんとの議論についてですが、ブログにも書いてるように、僕は安藤さんの議論へのアプローチを支持しています。安藤さんの表現も全く問題ないと思います。そんなこと言ったら問題ありまくりな方がツイッターには溢れているわけでw

#僕もそうかもしれませんがw

同時に、僕は小倉さんの議論のスタイルが問題だとも感じていません。彼の詭弁(詭弁だとして)にアイロニカルな哀愁すら感じていますw
まあ僕は完全に感覚がマヒしちゃってるのかもしれませんがw 

長文おつきあいいただきありがとうございました。

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