帝国主義ばあちゃん
先週、大学院の先輩のゼミ合宿と家族旅行で軽井沢に行ってたり、もろもろ締め切りものがたまってたりで(今もだが)ずいぶん久しぶりだが今日のツイートからネタを一つ書いておこうと思う。
@hatebuのツイートで 「肉屋、鞄屋の人とは結婚して欲しくない」 という記事が回ってきたのだが、これがなんともかゆいところをくすぐる内容で思わず引き込まれた。差別の話ではないが、僕も母親と似たような葛藤を感じたことが何度かある。
僕の母親は公務員・教員の多い家庭の生まれで高卒。おそらく彼女の年齢では高学歴の方。市役所に勤めて結婚しても共働きで定年まで働き続けた、当時としてはキャリアウーマンだろう。戦後民主主義教育どっぷりの世代で、政治や社会問題には彼女なりのポリシーを持ってる。
一方僕は18で家を出て以来、大学、大学院、社会人と、結局実家にいた時間よりも遙かに長い時間を母親とは全く異なる社会で生きてきた。もはや彼女との価値観の違いは埋め合わせようもなく、20代の後半とか実家に帰るたびに社会や政治、教育などの話でつい熱くなっていちいちケンカしたりしてた。
なので、この筆者とは少し状況が違うけど、共感できる。
30代の後半からもう僕は彼女を議論の相手とはみなさなくなった。彼女の価値観や世界観は彼女の身体に染みついているもの。いくら論破しても、彼女は頭では認識しても決して納得はしない。それどころか、認知不協和を起こしてしばしばヒステリックになったりする。ムダなことだと、ようやく悟った。
ちなみに最近僕はツイッターで「教育への過剰な期待」への批判をつぶやいてるんだけど、この母親の件も少なからず影響しているかもしれないw
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で、このエントリーの本題は、タイトルにもあるように、実は母親じゃなくて僕の亡くなった父方の祖母の方。
実は、父はこの祖母の養子で僕はこの祖母と血のつながりはない。
ただ両親が共働きだったため、僕はこの祖母の家に小学生まで頻繁に預けられていた。
その明治生まれのこの祖母が晩年、景気が悪いという話の流れでごく自然にこう言った。
「ロシアあたりで戦争でもあればいいのにね」
ややボケはじめた頃だったが、「猛暑でユニクロの秋冬物が苦戦してるらしいわね」くらいのごく自然な感じでこう言ったのだ。
もちろん、「ロシア」とは今の「ロシア共和国」じゃなくて、ソ連の前の、日本が日露戦争で負かした「ロシア帝国」のことだ。
サザエさんbot並みの神がかった台詞だった。
これを聞いた戦後民主主義教育のハビトゥスが染み付いた両親は凍り付いたが、すでに30代だった僕は大爆笑。
実はいろいろとクセのある、人間性にはかなり難のあるw女性だと、大人になってから理解するようになったが、僕にとって祖母は祖母。
僕が泊まりに行くたび、僕の好きなものしか作らない、お菓子は食べ放題というw、大好きなばあちゃんだった
その思いは今も変わらない。
たとえ彼女が帝国主義者であっても。
もちろん、僕は戦争も差別も憎む。
だが、彼女の時代にはそういう考え方がごく普通だった。
自動車修理工の祖父に嫁いだ彼女は中等教育すら受けていないだろう。
「戦争があると景気がよくなる」
彼女の無邪気な世界観を、諭しても何の意味もないし、彼女は理解できなかったろう。
別に日本の戦争責任がどうのこうのというようなスケールの話ではない。
ただ当時生きた人々にはそれなりの状況や構造があり、
それはとても自然に、とても普通に、彼・彼女らの身体に刻み込まれていた。
人間は難しいなあという、ただそれだけの話しでした。
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