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2010年8月

2010年8月25日 (水)

「全力疾走w」のネタ元のサイトが閉鎖された件

昨日書いた「全力疾走しなかった高校球児を実名で晒したスポーツライター君」に関する記事の件ですが、直後にネタ元のサイトが閉鎖されたようです。やはりどちらからか抗議があったもよう。「魚拓」も削除されていますが、探すとネタ元の記事のキャプチャー画像を掲載しているサイトもありました。ちなみに僕がこの記事を書いたきっかけになった、ツイッターに流れてきた別のまとめサイトはこちら

また、別の方から、このライター氏が今年の春の甲子園の際に書いた、まったく同様の記事を教えてもらいました。

球児たちに伝えたい“全力疾走”の大切さ (2/2)

内容的にはほぼ同じです。
粘着質な方のようで。
#人のこと言えませんがw

ああいう記事でライターとしてやっていけてるということは、一定の需要があると言うことでしょう。

まあ社会は多様であるし、こういう濃いキャラクターの方にはぜひまたネタを提供していただければと思います。

2010年8月24日 (火)

全力疾走w

中小企業勤めで2歳と0歳の子育て中の身には昼間っからテレビ見ながらのんびりする時間は皆無な訳で、いつの間にか甲子園も終わってた訳ですが、昨日、ツイッターで興味深いブログ記事が流れてきました。

「第92回選手権大会総括 レベルの低い大会――。」

「レベルの低い」というのは何のことかと思ったら、「打ったあと1塁へ全力疾走しない選手が多かった」という話。ご丁寧に1塁までの到達時間ワースト10の選手と、全く走らなかった選手を実名で晒しています。ここまでするのだから全試合・全選手の記録を測ったのでしょう。私には羨ましい時間の使い方です。

 

この記事の議論の特徴は、一つめは、「1塁に走る」という行為が、野球の戦術や、前後左右の文脈と全く無関係に取り上げられているということ。二つめは、その行為を選手の精神性、特にモラルと無根拠に因果接続していることです。

 

簡単に言うと、1塁に全力疾走しないとはけしからん」という話。

本当に、ただそれだけの話。

 

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ゴロでもフライでもエラーをする可能性が常にあるので、「打ったあと1塁に全力疾走する」というのは野球の基本です。でもそれは、精神力とかモラルの問題ではなく、野球というゲームのメカニズムから導き出される極めて合理的な行為選択。野球は勝敗を競うゲームなのですから、全力疾走する理由は「勝つため」。それだけです。

 

「勝つこと」が目的ですから、戦略的にはあえて「全力疾走しない」という選択さえあり得ます。なにしろこの猛暑の中、連日、日中の最高気温下でも試合をしているのです。これまでの大会と比較して多くの選手、チームが1塁に全力疾走していないのだとすれば、それは「気温が高く体力の消耗が激しいから」と考えるのが筋。全力疾走して塁を拾うか、体力をセーブするかというトレードオフの問題で、どちらを選択するかという戦術的な問題です。監督が指示するのは考えにくいとしても、選手が体力をセーブしているのを監督があえて注意しないということはあるかもしれない。このライター氏は1塁への到達タイムを一生懸命計っているのですが、気温など環境条件をコントロールして、これまでの大会と比較しないと数値には意味がないし、フェアじゃない。

 

このコンディショニングの問題は、かなり重要な論点になるはずです。このライター氏は、あの投手は打っても全力疾走してるのに、あの投手はカバーリングすらしない、などと比較してバッシングしていますが、体力やコンディションには個人差があります。ゲームのキャラクターじゃあるまいし、高校球児の体力やコンディションが皆同じなわけないでしょう。

 

先の南アフリカW杯で、わが日本代表がカメルーンやデンマークに走り勝ったのは、「代表選手の精神力が相手を上回ったから」でしょうか?後述しますが、そういう「精神論」はいくらでも言えるけど検証はできない。だから「気持ちで勝った」なんてバカでも言える。実際、バカなんでしょう。バカなのは罪ではありませんが、検証できないとわかってて安易に「気持ちの問題」などと言う無責任は罪だと思う。

 

それより、高地トレーニングをはじめとした医科学スタッフやトレーナーによるコンディショニングについて議論する方が、検証もできるしはるかに責任ある建設的な議論ができる。全力疾走できているチームはコンディショニングがうまくいっているのかもしれない、できていないチームはうまくいっていないのかもしれない、それはなぜだろう、チームにコンディショニングのトレーナーがついているところとそうでないところの差なのか、あるいは遠征の距離の問題なのか・・、といったぐあいにです。このライター氏は、なぜそうした合理的で責任ある議論ができないのでしょう。

 

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あるいは、この関連のツイートをしていると、ある友人が「でもメジャーリーグでも1塁への全力疾走は高年俸をもらっている選手の義務であり誇りだと本に書いてあった」とツイートしてきた。

 

だから義務とか誇りじゃなくて合理的選択なんだよw

 

また、メジャーリーグには大差で勝っているチームが試合の終盤で「盗塁しない」「バントをしない」「カウント0-3から打ちに行かない」といったアンリトン・ルールがあります。これを破ると次の打席で150kmの直球が頭に飛んでくる。

 

倒れている相手の顔をさらに踏みつけるような行為と考えられているからとか。アンリトン・ルールだから適用はいい加減ですが、この文脈で考えると、おそらく同様の状況ではメジャーリーガーも全力疾走しないと思います。

 

こういう前後左右の「文脈」を考慮しないと、行為の本当の意味は理解できません。本来の「勝つための合理的選択」という文脈から切り離して、「全力疾走しなかった」と一部の行為だけを取り上げるのは、ただの言い掛かり、揚げ足取りにすぎません。

 

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さらにこのライター氏は、揚げ足取ったうえで、その「全力疾走しなかった」原因を選手の精神性やモラルに因果帰属させて叩いています。俗に言う「精神論」です。ここでは、本来の目的である「ゲームに勝つこと」が抜け落ちて、全力疾走が自己目的化しています。まさに太平洋戦争時の日本軍、などというのもいまどき古くさいたとえですが、このライターにとって高校野球は野球のゲームではなく、猛暑の中ひたすら全力疾走してもがき苦しむ若者を観て楽しむショーなのです。

 

私はいちおうスポーツの研究や教育を生業にしているので、この手の精神論はいろんな意味で看過できません。上でも書きましたが、精神論の問題は、人の「精神」なんて検証できないので誰でもどうとでもいえるし、いくらでも因果関係を捏造できてしまうところにあります。検証が難しいから仮説どまりの空論をいくらでも再生産できる。繰り返しますが、精神論は無責任なのです。

 

まさに、そこいらのおっちゃんおばちゃんでも、「気持ちがたるんでる!」くらいのことはいくらでも言える。「たるんでるのか・たるんでないのか」なんて検証できないから、実は素人相手でも説得するのが難しい。これは僕もよく経験してきましたw

 

実際、人はわかりやすい見かけの因果関係にとびつきやすい。述べたように、行為には複雑な前後左右の文脈がつきまといますが、それらを一つ一つ検証するより、「気持ちが足りないから」と言った方が早いし、わかったような気になる。

 

一方、客観的な検証ができないことを逆手にとって、内面のインモラルの隠蔽やアリバイに利用されることもあります。「全力疾走してるからモラルが高い」とは限らない。運動部活動の経験のある方ならぴんと来るでしょう。僕もぴんぴん来ますw

 

このツイートをしていたら、ある友人が、惨敗したアテネオリンピックの時の、ある選手の敗戦間際のヘッドスライディングの例を挙げてくれました。僕も、ものすごく興ざめしたのを覚えている。その選手の真意はわからないけど、文脈的に極めて印象が悪かった。

 

「一生懸命やったんだから許して」って、おいおいそこで高校野球根性かよと。それでもプロかよと。プロは全力疾走云々じゃなくて結果がすべてだろうと。いや、プロも高校野球も、スポーツはすべてそうなんだけど。

 

#ちなみに、この冷泉彰彦さんのコラムも今回の話題に関連しています。


まあ、「全力疾走しなかった」とか「ヘッドスライディングしなかった」→「気持ちが足りなかった」ことを平気で「敗因」に挙げる解説者やジャーナリストがマジでうようよいるので、選手だけのせいでもないのですが。

 

#「渇!」とか言ううっとおしい老人とかw

 

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いずれにせよ、このライター氏は、少なくともこのブログの記事の段階では「全力疾走しない」という「印象」を客観的に検証することもなく、また全力疾走しなかった選手や監督にその理由や背景について聞くこともしていないようです。

 

#ただ筆者がほめている選手には話を聞いたらしい。

#結論ありきで期待通りのコメントをくれそうな都合のいい相手を選ぶというパターンのやつw

 

でも、それってスポーツライター失格でしょう。

 

全試合・全選手のタイムを計るのは結構たいへんでしょうが、やろうと思えば誰でもできる。うちの学生でもできるw しかし、選手や監督に直接話を聞けるのはライターの特権だし、仕事でしょう。

 

このライター氏は、問題があると思ったのなら試合環境の違いや選手の心理やコンディション、監督の意図や戦略等を考慮して洞察し、取材して検証するべきでした。その洞察力がなかったのか、野球の戦術を理解する能力がなかったのか、あるいはスポーツコンディショニング等の知識がなかったのか。

 

あるいは、その能力があったのにしなかったとしたら、ますますタチが悪い。そうした検証のコストを惜しみ、安易で無責任な精神論(説教)に逃げたということです。

 

つまり、スポーツライターとしての「全力疾走」を怠ったのは彼の方ではないか。

 

こんな「レベルの低い」ライターに言い掛かりをつけられ、名前を晒された高校球児の皆さんには心より同情する次第です。

 

2010年8月11日 (水)

著作権について

#いちおう書いとこう。

すべてのテキストの権利は澤井和彦が有しています。
ただしWebに公開されているという性格上、リンク・引用などは私本人に断りなく行えるものと考えます。

その場合でも、ソースが本ブログであることを明記し、可能ならばソースのURLにリンクを張ることを強く希望します。また、当然ながら出所を明らかにしない転載(コピー・ペースト)はご遠慮願います。

#MIYADAI.comからパクりましたw
#なんというアイロニー!w

#ココログの「著作権について」はこちら

2010年8月 7日 (土)

プロスポーツとスタジアムのビジネス(ツイートまとめ)

一昨日から熱烈な阪神ファン(たぶん)の方とプロスポーツビジネスについてツイッターで議論
まあ基本的にはまったくかみ合ってないのだけど、ツイッター(独り言)だし面白かったので。
あと学生に読ませて感想をツイートせよと宿題にしてみたり。
はじめてトゥギャられてちょっとうれしかったりw

こうやってタダで情報提供するのは僕がビジネスパーソンだったら失格。
たいした内容でなくても価値があるように見せかけてお金取らないとw
ま、僕は研究者だし、フリーミアムということでw
ちなみに内容的にはこちらの書籍に書いたものの一部が含まれます。

ぜひご一読下さい(フリーミアムw)

2010年8月 1日 (日)

成人のサッカー実施率は増えている?

先日、7月の日本スポーツ産業学会で発表した抄録をアップしたのだが、この発表で行ったSSF「スポーツライフデータ」の二次分析の結果で興味深かったのは、過去1年間に実施した「競技種目」のうち野球やソフトボール、テニス、バレーボールといったほとんどの種目の実施率が1996年の調査以降減少もしくは停滞するなか、競技種目としてはサッカーとフットサルが明確な増加傾向を示したことだった(表と図参照)。

Ssf

Ssf_2

#他にはソフトテニスとソフトバレーもわずかだが増加傾向

「スポーツライフデータ」は全国調査でサンプルサイズが2,000程度なので、反応数が2%で40人、5%でも100人程度。代表値としての精度が低い点は注意が必要だが、クロス集計では一応有意差ありだし明確な上昇トレンドを示している。

さて、この数値を皆さんはどうお考えになるか?
フットサルは近年盛んになってきた種目なのでわかる気もするのだが、サッカーはどういうことだろう?

興味深いのは、JFAの登録者数は同時期増えていないということ。
http://www.jfa.or.jp/jfa/databox/player/year/index.html

そもそも野球とソフトボールの実施率が減ってきてるのも気になる。
こちらは世代的なものかな?
ご意見いただけると幸い。

一つ言えることは、わが国のスポーツ施設数は、単一種目の施設としては「野球場・ソフトボール場」はプール、テニスコートについて3番目。この文科省の調査では「サッカー場」は項目にすら挙げられていない。もちろん、「球技場」や「陸上競技場」などでも行われているが、両者を足しても「野球・ソフトボール場」の半数程度。もちろん、これらは他の種目と併用である。ちなみに公共と民間の「多目的運動場」が合計で10,000か所あり、こちらでもサッカーは可能のところがあるが、その実態は把握できてない。

1430

知人が教えてくれたことだけど、都立のスポーツ施設は、数だけでなく設備(照明など)の点でも野球とサッカーで著しくバランスを欠いているそうだ。
https://yoyaku.sports.metro.tokyo.jp/web/html/kouenichiran100607.html

SSFスポーツライフデータによると、1996年時点では、野球とサッカーは実施率の差が3倍以上あったが、2008年の調査ではほとんど同程度である。今後スポーツ施設を整備するのであれば、こうした住民のスポーツ実施率や施設の利用実態をきちんと調べた上で整備検討してほしい。

この段階で僕の意見を述べれば、サッカー場をつくれ、というのではなく、多目的多用途に使えるスタンド付きの競技場がお勧め。

一部の種目だけでなくより多くの種目(あるいはスポーツ以外も)の開催可能性と、「する人」だけでなく「観る人」にも配慮した施設は、より多くの国民の便益に資すると期待できる。

「コミュニティスポーツ」の「コミュニティ」とは、スポーツをする人だけのことを指すのではない。
欧米の施設を見学して気づくのは、簡易ではあるがたいてい観客席がついていること。
ロンドンの公共スポーツ施設を案内してくれたイギリス人は、公共のプールに観客席がついているのを「これはコミュニティの施設だから」と説明した。つまり、コミュニティのスポーツ大会は、家族や地域の人々が応援に来るというのが前提になっている、ということらしい。

わが国のスポーツ施設整備にぜひ取り入れてほしい視点だと思う。

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